チーム樹海:創作小説②

ニコラスのため息

 

 

 

全てが怒涛。まさに嵐。

 


ここに来て平穏だったのは数日のみ。はじめは体力をつけるための基礎トレーニングから始まった。本当に軍に入ったのだとワクワク半分、ついていけるかという不安半分だった。

しかしそんなことを考える暇はすぐになくなった。

休む時間が風のように過ぎ去り、訓練、座学、実験演習、また訓練、と目まぐるしく過ぎ去り、気付けば寝ていて朝になっている。日に日に人は減っていき、医務室に通う人が増え、そして気づけば空いたベッドを見かけることが多くなった。

 


「明日は銃の分解の実技…アタッチメントの復習しておこ…」

 


見たことのない武器がずらりと並んでいるのを見て目が輝いたのはほんの数日。今では銃が試験範囲にしか見えない。

武器庫でアタッチメントを並べ、教本と見比べながら確認していると、不意にドアが開く。

 


「…だれ」

 


気怠げに立つ青年は、僕を静かに見据えている。怠そうにしてるのに、背負うアサルトライフルが物々しく光っていた。

 


「はっ、ハイ!先日入隊しましたッ、ニコラスと言います!!」

「…なにやってるの」

「あ、明日武器分解の実技試験があるので、復習をしてまして…」

 


慌てて立ち上がった時に膝裏を椅子に強打してしまったが気にしていられない。青年の目で射抜かれ続けると命が削られていくようだった。

黒髪に、緑色の瞳に口元まであるハイネックの上着。自分と同じ訓練服ではない、控えめなデザインの服装。それだけで十分な立場にいる人なのだと分かった。

すると目線が逸らされて、青年はくるりと踵を返す。

 


「AK-47…」

「エッ?」

「ここにあんまり来ないでね、ただでさえ日中うるさいのに…」

「す、すみません、片付けて帰ります」

「もういいよ、死なないようにしてくれれば」

 


そう言い残し扉も閉めずに去っていった。

暗く廊下の光だけ見える扉を見つめて、しばらく呆けてしまった。

 


こ、こわかった…

 


蛇のような人。ユール研修隊長とはちょっと違う、静かな怖さ。大声を出していないのに、呟かれた言葉が耳にこびりつく。

 


「た、耐えられるのかな…僕…」

 


ただ見られただけでこれとは情けない。手が震えていることにもようやく気付いた。

 

 

 

「あら、そうかもって思ったけどやっぱりこないだの新人くん」

 

ゴンッ

 

突然の違う声にびくりと大きく身体が震え、その拍子に手の甲をテーブルにぶつける。その鈍い痛みに思わず顔をしかめた。

 


「大丈夫?随分顔青いけど…」

 


カツカツとヒールを鳴らして室内に入ってくるニーナさん。鈍い痛みに耐えながら、大丈夫ですと伝えると、ふむと少し考えたように呟く。

 


「ミカエルが出てくるのが見えたんだけど、もしかして″あてられた″?」

「あて…?」

「アイツ野良猫みたいに警戒心強くてね、基本誰にでも殺気飛ばすような奴なのよ。おおよそ、好きな武器解体できる場所がなかなか見つからなくてイライラしてたんでしょうね」

 


ふぅ、と肩を落として話すニーナさん。あの青年はミカエルさん、というらしい。上の立場にいるニーナさんの知り合いなのだから、恐らくミカエルさんも相当上の人なのだろう。

 


「まだまだお子様よねえ〜、上手くいかないとすぐ外に出ちゃうんだから。貴方はその殺気に気付いただけ十分よ」

 


肩の力を抜きなさい、とぽんと肩を叩かれると力が抜けてどっと身体が重く感じた。

 


「恐怖を感じることは、命を守る上で大事なこと。相手の力量を見定められることも同じ。貴方は彼を格上だと認識し、恐怖した。それだけで十分よ」

「そう、でしょうか…」

「自信を持ちなさい新人くん。その感覚を大切にね」

 


あと私に二度も会えた幸運も!と言い残すとひらりとまた出て行ってしまった。しばらく地面を見つめ、力なく椅子に座り込む。

 


なにか、ものすごい経験をしたような気がする…。

 


当然復習など頭に入るはずもなく、やたらと重く感じる身体で後始末をして、ふらふらと宿舎へニコラスは帰っていった。

 

 

 

 

 

 

「今回のゲームの最終確認です。決行のタイミングはそちらに任せます。研修側の勝利条件は″ひとりでも生き残っていること″、そちらの勝利条件は″全滅させること″です。」

ごろごろ…

「毎回思うけどこんなこと考えるユールは本当腹黒いわよね…」

…ごろごろ

「何か言いましたか?」

びょいんびょいん

「イエイエなんでも。こちらはヒルダ小隊から5人にハイラとミカエル、サラが入るわ」

びょいんびょいん

「あーー!もう毛玉うっさい!!」

「何も話してないだろう!」

「存在がうるさいのよ!大人しくしててなさいよ!!」

 


机の端から端まで転がったり飛び跳ねたりしていた毛玉がピタリと止まる。視界の端にチラチラ入って気にならないはずもなく、耐えかねたニーナが声を荒げる。

 


「楽しみが!押されられない!」

「落ち着きを持ちなさいよ司令官!!」

「宝石が眠っている洞窟に行くのだ!これが落ち着いていられるか!」

 


びょいんびょいんとまたゴムのように跳ねる毛玉に叫ぶニーナの姿に、やれやれと苦笑いを浮かべるユール。

 


「″ちゃんと″宝石があるといいですね」

「ああ、だから始めこそ爆弾で盛大に穴を開けてやろうではないか」

 


石屑だけの洞窟か、宝石の眠る洞窟か。

怒涛の日常の中で、静かに始まりのカウントダウンを刻まれていた。

 

 

 

キャラクター原案:ぽんこやん

文:菱形